氷の予知夢

肺炎で3ヶ月ほど入院し、一時は生死の境も彷徨いながらようやく退院して療養生活を送っていた義父から一月半ほど前、SOSが入った。義母が4,5日留守にしていて、ろくにものも食べていないという。
普段からあれ買ってきてくれこれ持ってきてくれと、言うことを聞いているときりがない人なのだが、声の調子がかなり弱々しく、義母がいつ帰ってくるのかはっきりしなかったため(一応義妹に予定を知らせてきたそうなのだが、日付と曜日がバラバラで結局よく分からない)、とりあえず食べるものを見つくろって出かけていった。

着いてみると確かに衰弱著しく、起き上がるのもおぼつかないような状態。退院直後よりもむしろ弱っているくらいである。
さすがに義母とて食事を作り置いていったようだし、娘2人も退院以来、作り置きの料理を解凍すればいいだけにして冷凍庫に充分に入れてある。更には電話ひとつでコンビニの料理が宅配されるよう手配まで済ませているのだ。
もともと単身生活が長く、自宅でも義母とはほぼ家庭内別居のような状態だったため、最低限の食事は自分で案配できる人ではある。
それでも体力が衰えているのと、義母が退院してきても一切面倒は見ないと息巻くので(まあ我々も、ヘタに義母に手を出されるとかえって厄介だと思っていたのだが)、娘2人は一通りの用意を調えていたわけである。
にもかかわらずこのような状況に陥っているのは蓋を開けてみたら、何もしないはずの義母が極力義父に自分でやらせるべき日常のあれこれにやたらと手を出し口を出し、当人の生きる力を心身両面から殺いでしまったことによる。
娘2人も当初からこれを危惧して、義母を何度も諫めてきたのだが、一向に埒があかずここにまで至ってしまった。もはや一刻の猶予もならないと、娘2人に俺も加わって義母への直談判に及ぶことになるのだが、それはまた別の話である。


妻が料理の支度をしている間、俺が義父の相手をしていたのだが、おもむろに
「俺もいよいよあと2、3日だな」
と言い出した。以前からよく、死んだ母親が夢に出てきて自分を呼ぶ、もう長いことないなどと言ったりするので、まあいつもの調子だなと思いつつも、さすがに気が弱くなってはいるんだろうと
「どうしたんですか?」
と訊くと
「壮大な夢を見るんだ」
と言う。何だ「壮大な夢」って?
「『宇宙』とかですか?」
大雑把に訊いてみると
「そう。――科学者が人体を冷凍にして長期間保存してるんだな」
今度は何の話だ?
「――まあ、脈絡はないんだけどな」
「ああ、イメージがいろいろと」
「そう。歴史を遡っていくんだ」

妻が食事を持ってきて話は立ち消えになったんだが、後で妻に話すと、母親に呼ばれるとかよりよっぽど彼岸に近づいて、存在が宇宙に吸い込まれつつあるのか、でなければうたた寝しているときにでも、あんたがよく見てる『古代の宇宙人』みたいな番組が流れていたかのどちらかだろう、などと笑っていた。


4日後、義父は急逝した。
荼毘に付すまで3日ほど、義父の遺体はドライアイスで冷やされていた。

お義父さん。夢、微妙に当たりましたね。
今日、四十九日でしたよ。無事、上に行けそうですか?