最近のラヴクラフトさん

9月27日(金)

深夜、歌舞伎町ロフトプラスワンにて菊地秀行氏のトークライヴ。氏が編集した秘蔵のビデオを肴にいろいろ語る趣向で、今回のお題は「最近のラヴクラフトさん」。インディーズの低予算映画や非商業作品を集めたレアもののお蔵出しである。
俺は今回「ゲスト」名目での参加だが、いわば代打。かつては飯野文彦という人間凶器が菊地氏の相方を務めていたのだが、最近は諸事情により不参加のため、毎回ゲストを呼んでいる。それがうまく見つからないとお声がかかる、というわけである。こちらとしても、ロフトの告知ページに次回ゲストの名が無いと一応心構えしておくのが習慣になりつつあるが。
さて1本目『異次元の色彩』(映画の題は『暗黒の色彩』)は終戦直後のイタリアが舞台で、井戸に落ちた怪物体の影響によって農民一家が狂っていく1週間を淡々と描く。幻覚や悪魔憑き風描写など、宇宙的恐怖よりもサイコ色が濃厚で、商業的メリット以外は別にラヴクラフトじゃなくても――という感じ。時代・舞台設定の必然性や、汚染された水を飲み続けることのドラマ的説得力なども弱いが、閉塞的な救いの無さはよく出ていて、ラヴクラフトと関係なければ標準作といったところ。
2本目『ピックマンのモデル』はテキサスの都市部が舞台。風俗も含めて60年代インディーズ調の白黒映像で、ピックマンの絵もアングラ文化の文脈に置かれている風。そのピックマン自身がピーター・ボイルというか

ゴルバチョフというか……

つまりはハゲのデブなのは衝撃的だが、そのオタク的不健康さはかえってイメージに合っているといえなくもない。グールへの変貌や未来を先取りする絵というアレンジも、原作の“写実”というテーゼからはずれるものの短篇ホラーとしては「あり」の範囲だろう。
しかし、この映画には致命的な弱点があって……肝心のピックマンの絵が“下手”なのだ。そのせいでドヤ顔のピックマンに絵を見せられた主人公がショックを受けるシーンなど、イタい人に付き合わされて困っているようにしか見えない。壁にいろいろ電波な落書きもしているし(これも“写実”の人である原作とは合わないな)。とはいえ寒々とした雰囲気は悪くない。ちなみに日本でやるなら、ピックマンの絵はやっぱり日野日出志

それとも石原豪人か?

 生頼範義でもいいな。

次の『アウトサイダー』は今回一番の「問題作」。当然ながら主観カメラから始まるが、映し出されるのは現代のお屋敷。そこで女と間男が乳繰り合っているところに乱入した女の旦那が、返り討ちにあって殺される。さらに現われたのが腐乱した怪人――と訳わからん。ビデオを編集した当人も含め皆で頭を捻っていたが、クトゥルー野郎青木淳氏が謎を解いてくれた。腐乱怪人は殺された旦那で、墓から甦って2人に復讐しに来たのだ。ああなるほど――ってもうラヴクラフト関係ないじゃん! 俺としては正義のアウトサイダーが悪い奴らの許を訪れては驚かせ、また闇に消えていく連作なんていいなと思わないでもなかったが。そういえば『ハンニバル』を読んだor観たとき、レクターがクラリスを引き連れて悪党どもを次々と喰っていくTVシリーズ『人喰い野郎Aチーム』というのを妄想したことがあったなあ。
続く『恐ろしい老人』は舞台を現代にして、恐怖を体験する強盗3人組がタランティーノ・タッチ。原作を現代に置き換えたら、なるほどこういう感じかもと腑に落ちる。
最後の『闇に囁くもの』は以前朝松健氏の主催したイベントで観た覚えがあるが、今回の作品の中では一番出来がいい。白黒のB級クラシックのパスティシュで、SFとホラーが未分化だった頃の雰囲気が良く出ている。ユゴス星人がコマ撮りなのも好感。しかも原作のラストの後に、一大スカイアクションまで展開! これがCGバリバリだと醒めてしまうところで、やはりトータルなバランスというのは大事なのだなあ。
トーク部分では、ラヴクラフト映画の中では「異次元の色彩」をアレンジした『襲い狂う呪い』や、ダーレスによる補作「閉ざされた部屋」を普通のサスペンスにしてしまった『太陽の爪あと』が雰囲気はよく出ているものの、決定打といえるものは残念ながら無い、アメリカよりはヨーロッパで撮る方が上手くいきやすいのでは、という話に。
また、《クトゥルー・ミュトス・ファイルズ》から出る菊地氏の新作『邪神艦隊』はとにかくノって書いた自信作ということで、なんと『夜叉姫伝』以来の面白さ(って20年ぶりかよ!?)、『魔界都市ブルース』の新刊よりも面白いとの問題発言。初となる架空戦記にこれまでも興味はあったのだが、世代的に戦争を娯楽として扱うこと、実際の歴史を捩じ曲げてしまうことにためらいがあったと、氏らしからぬ真摯な思いを吐露(氏の父君も中支戦線に従軍したが、体験はほとんど語らなかったという)。その封印を解いたのは、クトゥルーならばまあよかろう、というわけで《クトゥルー戦記》としてシリーズ化(この切り替えがさすが菊地秀行)。次作は北アフリカ戦線を舞台にした『ヨグ・ソトース戦車隊』!(に続いて『ネクロノミコン異聞』か?)ほかにも『邪神愚連隊』とか西部劇なら『邪神牧場』はどうだなどと無責任な話が続出したが、どれもアリに思えるからクトゥルー恐るべしというか菊地秀行恐るべしというか……。そんなこんなで明け方まで何とか乗り切った。


この日はさらに昼から下北沢で朝松健・高橋葉介両氏が妖女映画を語る『ナイトランド』誌の《ホラー・セッション》、さらに午後は山田正紀・北原尚彦両氏に黒史郎氏を加えた『ホームズ鬼譚〜異次元の色彩』発売記念と濃いイベントが集中発生なのだが、残念ながら仕事と被ってしまって無理。夜には屋形船で川下りしながらの深川怪談もあったそうで、何というホラー日和か。全部参加した強者はいたんですかね?

邪神艦隊 (The Cthulhu Mythos Files)

邪神艦隊 (The Cthulhu Mythos Files)

ネクロノミコン異聞 (あくしずレーベル)

ネクロノミコン異聞 (あくしずレーベル)