飲み屋の達人

3月24日付東京新聞夕刊、マイク・モラスキーの連載コラム「私の東京千鳥足遍歴」より。

居酒屋での会話術


川崎市溝の口駅西口商店街の立ち飲み屋は、客層が厚いのも魅力。このごろスーツ姿のサラリーマンが目立つが、作業服の労働者も、地元の商店主も、たまに女性客も、同じ狭いベニヤ板のカウンターを囲む。そこでアルコールは主役かもしれないが、会話も大きな役割を果たす。職場の愚痴だとおもしろくないが、たまに奇抜なセリフがぽっと出ることがある。居酒屋のつまみのひとつだ、と私は考える。
たとえば、あのトタン屋根の「いろは」で(略)別の時、私は30歳ぐらいの一人客にはさまれて飲んでいた。後で分かったのだが、右側は途中下車したサラリーマン、左側は近くの魚屋さん。やがてサラリーマン氏が声をかけてきた。

「お国はどちらですか」

「日本には長いのですか」

「お仕事は何ですか」―。

私は何千回も同じ質問を同じ順序で受けてきたが、相手にとっては初体験なので、なるべく白けた表情を浮かべないように努力して答えた。彼が帰ると、バトンタッチしたように魚屋さんが話しかけてきた。舌がよく回らず、目も据わっており、体は水中の海藻のようにゆらゆらしている。そのようなありさまながら、彼は先の客に比べて、はるかにしゃれた質問で話を切り出した。

「明日も仕事ですか?」

何でもなさそうな一言だが、私はいまだに感心している。適当な距離感を保ちながら「われわれは二人とも仕事があるのだ」という共通点から話し始めるセンスが素晴らしい。ご本人の泥酔状態を考えれば、翌日には会話も私のことも完全に忘れているにちがいない。だが、私は居酒屋で話しかけられるたびに思い出す。あの晩、おいしい「つまみ」をいただいた、と。

溝の口といえば『天体戦士サンレッド』ですが、アメリカ人社会学者と魚屋が同じ地平に立った「普通」の会話は、怪人同士の会話に入りたそうにしている老紳士とか、穴掘りのことで意気投合する穴掘り怪人と工事のおっちゃん、といったシーンを彷彿とさせる。
ちなみに「いろは」っていうのは大体こんな感じこんな感じの店。


これを読んで何となく思い出したのが、『すばらしき仲間』というトーク番組で、タモリと友人たちが出演した回。
ビデオが家のどこかに埋もれてしまっているので、誰だったかは確認できないんだが、下町の病院に入院したときのこと。いかにも江戸っ子らしい爺さんと同室になった。ある日、爺さんのところに見舞があり、同室の患者仲間にもあんぱんなどのお裾分けが。そのときの爺さんの言が

「だらしのねェパンですが、食ってやっておくんなさい」


名言って、思いもしないところに転がってるよね。