楢喜八さんにお話を聞いたのだ

19(土)は推理作家協会の土曜サロンへ。
ゲストは画家・イラストレーターの楢喜八氏。『ミステリマガジン』の!とか『幻影城』の!とかハヤカワ文庫の!とか『真ク・リトル・リトル神話大系』の!とか『学校の怪談』の!とかその他諸々、世代や嗜好によってさまざまだろうが、僕にとってはまず子供向けの「豆本」の人。阿刀田高が手がけたホラーやミステリ、ブラックユーモアのアンソロジーに何とも気色の悪い挿絵を描いていて、内容とも相俟ってとてつもなくアダルトな、よくないものに触れているという背徳感をびんびんに刺激されたものである。個人的にはポプラ社乱歩の大人向けや、天知茂明智小五郎よりもトラウマ感は上。


そんな(どんなだ)楢さんは少年時代、山川惣治絵物語などに影響を受け、自身でもペン画を描くように。金沢の美大(市立で学費が安かったからだそう)を出て'62年に上京。
当初は服の織りネーム(ラベルみたいなところ)の下書きや、晴海の見本市会場で商品説明等のパネル描きなどさまざまな仕事をしていたが、子どもが生まれるのを機に、奥さんの友達の親戚の紹介で早川書房を訪ね、『ミステリマガジン』'68年8月号のオーガスト・ダーレス「ダーク・ボーイ」で挿絵画家としてデビューした。
以後、ラヴクラフトクトゥルーの喚び声」(ラヴクラフトを読んだのは初めてで、イメージの具体化に苦労したとのこと)、W・H・ホジスン『異次元を覗く家』などの怪奇幻想ものからドナルド・ウェストレイクや『シュロック・ホームズ』といったユーモア、ドタバタ、また泡坂妻夫(デビュー作の亜愛一郎から遺作となったヨギ・ガンジーまで縁が深い)から三津田信三(編集者時代の『ミステリー・ワールド・ツアー』からのおつき合いだとか)にまで至る日本作家など、ありとあらゆる作家・作品を手がけてきたといっていい。
実際、出席者もそれぞれ特に強く反応する勘所は違いながら、ご持参いただいた幅広い作品のコピーやプリントアウト、データを懐かしんだり、意外さに驚いたり。個人的には友成純一スタンド・バイ・ミー」(「小説CLUB」)がお宝だったが、全員がどよめいたのは『学校の怪談 ベスト・コミック』。『学校の怪談』から楢さん自身が好きな作品を選んで、何とコミック化。つまり楢喜八のコマ漫画なわけですよ! コミックでなく児童書のコーナーに置かれたせいかあまり売れなかったとのことで、今や幻の本となってしまったが、復刊が切望される。
もともと福井英一、馬場のぼるなど漫画への憧れもあったとのこと、挿絵でも描きやすいのはドタバタだそうだが、なるほど「動き」を感じさせる(『七人の探偵のための事件』で表紙と連載時の挿絵を描いてもらった芦辺拓さんによれば、奇妙なアクションの勘所を、要素を凝縮して見事に絵にしてもらえたそう)と一同納得。
ちなみに描く時は読みながら自分でシーンを選ぶそうで、大体クライマックスの手前辺り、一番絵になるところが掴めるというのは、やはりセンスと長年の経験か。作家や編集者から注文がつくことはないそうだ。
使う紙の大きさは原寸の1.2〜1.5倍、B2〜3くらい。目が疲れるのと、点描調の作業が大変なので、最近はあまり大きい紙は使わないとのこと。点描で微妙なグラデーションを出すためには、やはりコピペでは無理で手書きに限るそうである。
また、特に初期に目立つ人物の歪んだ造形(のっぺらぼうや身体各部のアンバランスなど)は、一目で自分の作品と判ってもらうための明確な特徴付けという「確信犯」だったとか。


個人的に興味が向く豆本に関しては、やはり阿刀田氏からの引きだったらしい。今回見せていただいたコピーの中にも、豆本に収録された阿刀田作品の雑誌初出版があった。ということは、他にも再録画があるのだろうか。
また、『学校の怪談』への起用は、その阿刀田作品での仕事を目にとめていた常光徹氏自身からのオファーだったそうで、子供向け分野において正しい継承がなされている証といえるだろう。
他にも、藤本義一のスポーツ新聞連載の原稿が、当初はまとまって早めに来ていたのが徐々に遅れていったり、阿佐田哲也に至っては次の日の分が1枚だけ来たり(どうしろというのだ?)といった裏話や、現在は夏に出るゴジラ論の本の表紙を描いていること、ミステリ、ホラー、SF系の個展をやりたい(やってほしい!)など、さまざまな話を伺った。
終了後は出席者がサインを求める中、芦辺さんが前述の自著『七人の探偵のための事件』にサインしてもらっていたのが珍しいパターンだった。


さらに有志でのお茶会にもつき合っていただいたが、そこで岡本喜八の『ブルークリスマス』に関して意外な話が。
当時、楢さんは横浜・石川町に友人と共同で艀を持っていて、個展を開くのに使ったりしていたのだが、喜八作品の美術を別の友人がやっていた縁で、『ブルークリスマス』のロケに使われたのだという。
早速帰ってから確認してみると映画の後半、青い血を持った大谷直子が特殊部隊の勝野洋に尾行されて逃げ込む、地下組織のアジトとなっている喫茶店がそれだった。壁には楢さん自身の作品も飾ってあるのだけれど、さすがにどんな絵かまでは判らないものの、画面の黒っぽさはいわれてみればいかにも楢作品らしい。
ちなみにペンネーム(でいいのかな)の「喜八」は、岡本監督とはあまり関係ない様子、「楢」は木がお好きだから、とのことです。


とにもかくにも長時間お話を伺えて読者(?)冥利に尽きるというもの。
個展や画集、何とかならないですか、各方面?