永遠の仔猫たち その3 仁義なき戦い

金玉の中身と引き替えにエリザベスカラーをつけられて帰ってきたふくさん、とにかくありとあらゆる動きがままならず、少々どころか大いにおむずかりのご様子。考えなしに走り回り、あっちにぶつかりこっちに引っかかりですっかり嫌気がさしたのか玄関の隅にうずくまり、頭をたたきにのせて(カラーがちょうどいい具合に支えられるらしい)ぶすっとしている。

腹の減ったときだけ出てくるのだが、これがまた毎回ひと騒ぎ。まず“食卓”であるキッチンのテーブルに自力で飛び乗れない。目測を誤ってカラーをどこかにぶつけ、自分で自分を叩き落としてしまうのだ。気づいた俺か妻に乗せてもらってからも、餌に近づけない。考えなしの子なのでいつもと同じ感覚で勢いよく突っ込んでいき、その結果カラーで餌の器をどんどん押していってしまうのである。そこで我々がいちいちコントロールして、カラーの内側に器を保ち続けなければならない。これに関しては、普段使っている丸い皿から舟形の小さいグラタン皿に変え、尖った部分をカラーの中に突っ込むことでかなり改善された。
しかしふくが食事以上にイラつくのは自分のお腹を吸えないこと。どういうことかというとこの兄妹、うちにきて間もない頃、あんこが母親代わりにふくのお腹に吸いついて、お乳をチュウチュウし始めたのがすっかり習慣化したどころか、なぜかふく自身までもがどっかり座り込んで自分で自分のお腹を吸うようになり、妻や俺に見守られ撫でられながらチュウチュウするのが無上の悦びと化したのである。正直どういうつもりか訳が分からん。
ともあれ、カラーによってお腹を遮られてしまったふくは必死に背を丸めても届かず、虚しく空を吸うことになってしまった。後肢を前に投げ出してどっかりと座り込み、背中を丸めて両前肢でお腹を押さえた姿は通常時から何ともオッサン臭く、フサフサした尻尾とも相まってまるで信楽焼の狸のようなのだが、それに加えて手術の影響で玉袋が数倍の大きさに膨れ上がっているため、まさに狸そのもの。

普段なら、母親ならぬ自分のお腹をフミフミする手も、カラーに邪魔されてあろうことか玉の周りをギュウギュウ押すことに。その動きに刺激されて次第に突き出てくるチンチン……。もう何とも情けないやら気の毒やらで泣けてくる。

そんな惨めな兄に同情したかのように、いつになく優しく見えるあんこ。肩に手をかけそっと寄り添い、自分では毛づくろいも身体を掻くことも出来ない兄に代わって、最初は腰が引けていたカラーの中に首を突っ込み甲斐甲斐しく顔を舐めてやるその姿の健気さよ


――などと思っていた我々は甘かった。ふくの動きが鈍いことに気づき始めたあんこは、次第に調子に乗っていく。
高いところに登れないふくを常に上の位置から悠然と見下ろし、死角から飛びかかってはカラーに邪魔されて反撃できない相手を嵩に掛かって攻め立てる。その攻撃の無慈悲・卑劣さはさすが畜生。
だが、ふくもさるものであった。徐々に動きの勘を取り戻し始めたふくはどたばたと走り回り、あんこの攻撃にカラーを振り立てて応戦。相手の頭をカラーで張り飛ばすところなどは、さながら恐竜の進化を見るようである。こうなると体重の軽いあんこは不利で、カラーで殴られて怯んだところを逆にのしかかられると、体重差に加えて相手の弱点であったはすのカラーがかえって障害になり、脱出も攻撃も思うように出来ない。もっともふくの方もそれ以上何が出来るわけでもなく、自分より軽い格闘家にマウントを取ったものの攻めあぐねて、ただ乗っかっているだけのプロレスラーみたいな状態なのだが。
何にしても生き物というのは環境に適応していくのだなあと感じ入った次第。